矯正歯科をしよう
同じひとりの人間なのに、左右の風貌は気をつけて見るとずいぶん違っているものです。
自分でなくてもかまいません。
正面から人の顔を撮った写真があったら、真ん中に鏡を立てて見てごらんなさい。
ちょっと不謹慎ですが、けっこう面白いものですよ。
入れ歯と長く上手につき合うために左右が極端に違っている場合、例によって不正な噛み合わせが原因で歪んでいる場合もあります。
わずかな噛み合わせの狂いが、顔面の筋肉数百本に影響を与えるのです。
それでなくても、右側と左側が完全な対称形という人は、世界広しといえどまずいません。
歯の問題はデリケートだと繰り返させていただきますが、歯も、もちろん左右対称ではありません。
さて、入れ歯づくりのポイントのひとつに、どこで上下の歯を噛み合わせるかという問題があります。
口を閉じたとき、物を噛んだときに、上の歯と下の歯の接触する部分、そこに上下のアゴの力は集中します。
ひと昔前は、ちょっとむずかしい字を書きますが、歯槽項間線法則という理論にしたがって噛み合う位置を決めていました。
歯茎の根っこの、本来なら歯を支えているはずの骨の部分、それが歯槽骨です。
その歯槽骨の、上下を結んだ線の上で、歯と歯が噛み合うように入れ歯を作ろうという方法です。
けれども、総入れ歯にするくらいですから、患者さんの歯茎も相当悪くなっています。
歯槽膿漏が進行していることがほとんどで、歯茎の中の骨の部分は、カルシウムが溶け出して小さくなっているのです。
そんなところへ義歯床をのっけなければなりません。
かつては噛み合わせの高さを具合のいいように復元しようという意識も乏しかったようです。
例の法則にしたがって、上下の歯の向きをねじまげてでも、噛み合う場所を均一にしようと努力しました。
今でもときどき、このやり方で作った入れ歯の患者さんにお目にかかります。
この法則で入れ歯を作れば、上下の歯はどれもこれも真正面から噛み合うことになります。
昔は入れ歯の型を採る技術も未発達でしたから、上下の歯どうしで支え合うようにしようという考えでもあったかもしれません。
さあ、ここで最初の話に戻ります。
人間の歯というものは、そもそも真っ向から噛み合うようにできているでしょうか。
どの歯もどの歯も同じように。
決してそうではないと私は考えます。
歪みというのとは違います。
右の奥歯も少しだけずれて噛み合い、左の奥歯も少しだけずれて噛み合っているものです。
現在では、型を採る技術も発達して、入れ歯の安定は義歯床と口蓋の接触面だけで充分しっかりしたものができます。
吸盤の原理で、ぴたりと吸い付いてびくともしません。
上下の歯はもともと少しずつずれて噛み合うもの。
だったら入れ歯を安定させるために、無理して正面から衝突するような植え方をしなくてもいいでしょう。
歯槽骨はすり減って、あるいはなくなってしまっているかもしれませんが、義歯床によって本来の噛み合わせの高さを確保し、歯の植え方も、ちゃんと歯槽骨があったときと同じように復元するのがベストなのです。
つまり、元あった歯肉の大きさ、元あった歯の住置に整えるということなのです。
自分の口に合わない入れ歯を、我慢して入れ続けている人が多いのは、まったく驚くべきことだといわざるをえません。
貴重な時間を診療と治療に費やし、費用を支払っておきながら、手に入ったものが満足できる商品ではなかったのです。
デンタル・ケア、歯に関する注目・関心度以前の問題です。
権利と義務(この場合は対価)の意識がしっかりしている欧米人なら、裁判沙汰は必定の成り行きです。
牛や馬にだって同じことをしたら、たちどころに吐き出していることでしょう。
合わない入れ歯を使い続けたあげく、今度は耳まで悪くなったのでは、まさに、泣きっ面に蜂。
物を噛む、食べるという原始的な欲望さえ満たされれば、あとは多少のことには目をつむろうという考えなのでしょうか。
つまりは歯なんてその程度のものだという意識の低さの現れでしょうか。
私たちが腹立たしく思ってしまうのは、不備や手落ちがあったら手直し・改善をするチャンスをいただきたいと考えるからです。
思うようにならなかったけれど、騒ぎ立てるのは恥ずかしい、だから黙って我慢をした。
それで困るのは私たち歯科医です。
歯科医は確かに入れ歯をつくるプロですが、入れ歯が合うか合わないかは患者さんにしかわからない問題です。
確かに歯科医の治療は、金属を入れたり、虫歯を抜いたり、入れ歯を作ったりという具体的な結果が必ず出る点、一般医療とは趣が違います。
治療するのは医師と患者の二人三脚であることに変わりはないのです。
入れ歯づくりという高度な実務は私たちに任せてくださっても結構ですから、自分の歯を治すのは自分なのだという意識をもっていただきたいとお願いします。
いつまでもあると思うな、歯と健康。
以前、来日したアメリカの大統領Bさんが、晩餐会の最中に嘔吐して倒れたニュースには、ずいぶんハラハラさせられたものです。
どんな職業でも苦労はあるでしょうが、政治家というのもたいへんで、不眠不休で閣議をこなさなければならなかったり、休日をとることもできずにスケジュールに追いまくられたり、体を酷使することでは女工哀史と変わりないかもしれません。
ましてや大統領ともなれば、そのストレスたるや余人にはうかがい知ることもできないほどでしょう。
B大統領は体に相当無理が重なっていたようですが、諸外国の要人をテレビなどで見ていて、わが日本との違いに気づくことがあります。
一概には言えませんが、日本の政治家に比べて欧米の代表者はかなりお若いようです。
少なくとも、体の健康にもかなり気を配っている様子が見受けられます。
歯医者である私としては、口元も気になるところです。
最近は目立たなくなっているとも聞きますが、年齢のせいもあるでしょうか、日本の政治家の方々は、えてして歯には無頓着なようです。
黄色く汚れた乱ぐい歯でカッカと大笑いしてみたり、しわくちゃな口で発言が不明瞭だったり。
ありゃ、これは入れ歯が合っていないのではないだろうか、そう思うこともしばしばです。
無理もありません。
歯をないがしろにしてきたのは、政界のトップの方々だけではなく、日本人全員の問題なのですから。
歯も体の大事な臓器のひとつであるという考えが、欧米では浸透しています。
歯の健康を保つために、一般の医者と同じようにかかりつけの歯医者を決めていることが多いものです。
体のほかの部分と同じように、出し惜しみせず、歯に対しても時間とお金を割いています。
もちろん検診や治療が納得できなければ、その旨、歯科医に伝えて検討してもらいますし、それでもだめなら納得できる歯科医を自分で捜し出してしまいます。
今までの私たち日本人は、とかく歯のことは後回しにしてきました。
時間がないから、お金がないから、とりあえず何とか間に合っているから。
物を食べる第一段階である口の中にあるのに、臓器といわずして何というのでしょうか。
歯の神経は、数ミクロンの薄さの糸クズが触れてもそれを感じることができます。
噛んだときの歯応え、歯触りは、三叉神経を通って脳に伝えられ、味覚の重要な一因となります。
そんな感覚器官をほかに何と呼ぶのでしょうか。
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